2006年秋 ネパール・ブータン旅行記


旅の目的

ブータン 通常、国の豊かさはGNP(国民総生産)というお金を物差しにして評価しますが、ブータンはお金に対するアンチテーゼとしてGNH(国民総幸福度)という心の豊かさを高めることを国の基本理念とする世界唯一の国です。現代社会でお金に依存しない心豊かな社会とは??
ネパール ネパールは20年前までブータンと変わらない素朴な国でした。外国に門戸を開放して以来隣国インドの影響を色濃く受けながらネパールは変貌を遂げています。ただ豊かになったのは一部の都市住民のみ、農村地域は相変わらずの世界最貧国のひとつです。ネパールには里子25名の面会と農業の現状を見に行きました。


◆タイ◆
  ~乗り継ぎで2泊したのみなので、たいした紹介はできません~

TGタイ国際航空でセントレアから旅立ちました。
宿泊したのはバックパッカーの集まるカオサン通り。実に雑然とした、また退廃的な場所でした。でももの珍しさで結構楽しめました。特に深夜から早朝はゲイだらけでビックリです。
One Day Tourに参加し面々。アメリカ、フランス、イスラエル、日本と多士済々です。
タイの仏様は微笑みながら横になって休んでいるものが多かった。日本とは対照的です。


ブータン◆

ドゥック航空(ブータン国営航空)で出発。ちなみにブータンには飛行機は3機しかありませんので、これは貴重な1機です。
キャビンアテンダントはどこの国も美人ぞろいです。特にアジア系は際立っています。
パロ空港、ブータン唯一の空港です。空港施設もエスニックで異国情緒たっぷりです。空港に降り立った瞬間、「この国は安全だ!」と直感しました。
入国審査も全然緊張しない、ほのぼのムード。とにかくみんなの顔が穏やかだからホッとします。
ブータン旅行するにはガイドとドライバー同伴が条件です。空港で出迎えてくれたのはガイドのチミ・ドルジとドライバーのキンガドージ、ともに28歳独身。とてもフレンドリーで親切。写真撮るときはポーズをとるのがブータンでは定番らしい。
いきなりの4000mチュラレ峠超え。車酔い、酸素薄い、寒い、体調最悪でした。
この建物はハの町の郵便局。木造平屋建て、日本ならば明治時代かな?
ハの町のハイスクールを訪ねました。校長先生と歓談後、校内を案内してもらいました。こんなツーリストに親切にして下さって本当にありがとうございました。
理科室で記念撮影。
道中はだいたいこんな感じの風景。思ったほど森は深くなく、日本の方が豊かに感じました。樹はほとんど松でシーズンにはマツタケがいくらでも採れるそうです。
ティンプー(首都)で見かけた建設中の建物。驚いたのは足場が全て竹で組まれていたこと。
ブータン唯一の映画館。俳優はほとんどいなくて出演者の大半は一般市民らしいです。
中央郵便局と中央銀行の建物。日本で言うなら日銀。
この国に信号はありません。警官が交通整理しています。交通マナーはホントに良いです。
ブータン料理。毎日毎日、同じような料理が食べきれないほど出ます。残念ながら味は???で、タイのような食文化は無いです。
これが中央官庁。日本で言えば霞ヶ関とか丸の内ですね。
ティンプーで泊まったドゥックホテル。
ブータンでは最も格式のあるホテルだそうです。日本なら帝国ホテルかな。
部屋の中はこんな感じでクラシックな雰囲気です。ただ停電と機械類の故障はどこに行っても逃れられません。
プナカに行く途中で見つけたサクラ。間違いなくサクラなのですがなぜか秋に咲く。これはネパールのサクラも同じでした。
これぞGNH。プナカのハイスクールに掲げてありました。
どこの国もマーケットは盛況です。同じような店がいくつもあるのですが、みんな何を基準にして店を選んでいるのか?不思議です。
これはヤク肉のソーセージ。
最終日は農家に泊めてもらいました。食事の準備をしているところ。
用意してもらった寝室は仏間でした。夜は何もすることがなくて早く寝ました。
おばあちゃんの朝の日課、牛の乳搾りです。
子供たちも牛の世話(えさ、水遣り)が日課のようです。
一番下の娘さん、かわいいね。お父さんはオーストラリアに留学中とか。
パロで一番の観光スポット、タクツァン。
それにしてもこんな断崖絶壁によく建てたものです。
ここにたどり着くのに2時間ほど山を登ってきました。ちょっと一休み。背後はすさまじい断崖です。
民族衣装「ゴ」を着せてもらいました。
ブータン人のポーズです。


ネパール◆

お世話になったホテルサンセットビュー。奥様が日本人なので心遣いが細やかで大変親切にしていただきました。この後猛烈な下痢に見舞われますが、奥様(ひろこさん)に薬を分けていただき助かりました。
部屋も設備が整っていて清潔。スタッフもフレンドリーで親切でした。
夕食を取ったレストラン。この店は従業員が全て身障者、この人も口が不自由ですが、みんな生き生き楽しそうに働いてました。なぜ日本にはこういう店がないのか?
私が支援しているマイティ・ネパールがデモ行進していました。タクシーから「がんばれ!負けるな!」と声援を送りました。
移動中に偶然、結婚式に遭遇。ご馳走が振舞われ村人たちははしゃいでました。
カカニ村からの眺望。1992年タイ航空墜落事故があった場所です。当日は豪雨で目的地を探してさまよっているときに山の斜面に追突しました。
たまたま立ち寄った公立小学校。デジカメを構えたらこのように「撮ってくれ!」とパニック状態。
ネパール料理のダルバート。ブータン料理と違って結構美味しいです。それと必ずおかわりいかが?進められます。
NGOジャイチが運営しているカカニブタイタースクール。
これは日本でいうと幼稚園児。かわいくてたまらんです。
よくわからないかも知れませんが、右に立っている先生は超美人でした。スタッフも日本人の誰かが連れて行ってしまうのではないかと心配してました。
右が校長先生、左が土屋先生(農業指導員)
NGOジャイチが運営する農場。これはキャベツです。いつ植えたのですか?と質問したら「忘れた」という返事でした。アバウト。
キーウィですが、小さくて売り物にならないのでは?理由はいくら指導しても摘果(間引き)しないからだそうです。摘果はかわいそうでできないとネパール人はいいます。
街中でイチゴを売っていました。これはNGOジャイチがネパールに根付かせた功績です。ちなみに売っている女性は生産者ではありません。流通経路がどうなっているのかよくわかりません。
パシュパティナート(ネパール最大のヒンズー教寺院)。近くをガンジス河の支流が流れており、ここれ火葬をします。
バシファントに向かう途中、ヒマラヤの絶景ポイントに寄りました。この日は快晴でマナスル、アンナプルナ等名峰が全て見渡せました。
ここが里子たちが待っているバシファントスクール。かなりの山間だとわかりますね。生徒によっては3時間山を上り下りして通っている子もいるそうです。
里子の8年生25名と面会できました。到着時刻が定かでないのに門のところで整列して待っていてくれました。本当にありがとう。
早速日本から持ってきた土産(文房具セットとハンカチ)を手渡ししました。喜んでくれたかな?
私の自己紹介した後、各生徒が自己紹介してくれました。みんな緊張気味でしたが、本当に幸せな時間を過ごすことができました。援助は続けますのでしっかり勉強してください。
訪問した日は期末試験の日でした。これじゃあカンニングし放題? いえいえこれは各学年入り乱れてやってるんです。座席指定になっていて隣は必ず違う学年になるように配置されています。日本よりも公正かも?
よく見えないと思いますが、教室も前には私の名前が掲げられていました。なんか気恥ずかしいです。
これは教室に張ってあった名簿。成績順に名前が並んでいます。結構シビアだね。
日本からシャボン玉を持っていって披露したらこれが受けました。子供たちで取り合いになっていました。
ナガルコットのホテルにて。前日から風邪気味で寒気がしてあまり楽しめませんでした。部屋は暖房もなく布団にもぐって早く寝るしかありませんでした。
最終日にホテルでみなさんと歓談。左からグルン理事長、KCさん、土屋先生、鹿児島の元先生。みなさん(特にKCさん)には本当にお世話になりました。是非毎年訪れたいものです。